2009年11月22日

世の中かねだ!と言ってると嫌われる。はなし へっくしょん。

 「日本プロ野球名球会」と言えば、打者なら2000本安打以上、投手なら200勝以上という輝かしい実績を残した選手だけしか入れません。

その名球会の会長である金田正一会長を追放するクーデターが勃発したと週刊ポスト12月4日号が伝えてます。

 名球会の事務所は、「カネダ企画」と同じビル、同じフロアに居を構えており、チャリティーゴルフなど企業からのスポンサー料の20%を手数料として抜いていたことなど、会員から不透明な会計実態に対し不満が爆発し、金田会長解任へと動いていったようです。

 ちなみに税法上の理由で、名球会は「株式会社」として法人化されており、金田、王、長嶋が取締役となり、株を会員に分ける形で会員が「株主」となってます。

 株主総会の6ヵ月前より総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は、取締役に対し、召集の理由を示して、株主総会の召集を請求することができる(商法297条)のですが、会員である柴田氏は3つの議題を提出しました。(商法303条)

1.取締役の定員を5名に増員する。

2.取締役金田正一氏の解任を決議すること。

3.金田正一氏の後任者選び増員される取締役の選任を決議すること。


 話し合いを申し込んだ柴田氏に対して金田会長は、「柴田のようなザコと話はしない」と逆に内容証明郵便を送りつけて宣戦布告をしたそうです。
(子供の頃、赤い手袋の柴田は超かっこよかったです)

結局、金田氏の運営を株主から否定されたことで辞表が提出されます。

12月13日の臨時株主総会で正式に受理されるようです。


 もし財団法人や任意団体であったならこれほど厳しい処分はくだされなかったかもしれません。

「会社法に敗れた金田天皇」との題目がありましたが、権力を握ると人の心にうとくなるのは世の常ですが、コンプライアンス(法令順守)の
力を見せつけられた事件のように思えてなりません。


posted by さっとん at 19:19| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

軽率はしかられる。

昨日から「抵当権」について学習しています。


 昔は借金のかたに娘さんが売られたりといったことが行われてたようですが(公序良俗違反)、抵当権の対象になるのは主に不動産となります。

家屋を借金のかたにして銀行からお金を借りる零細企業の社長といったちょっと暗いイメージがあります。

法定地上権一括競売根抵当権など、結構ややこしいですが、理屈がわかるとおもしろいところです。




 今日は一日曇り空で、洗たくをしようかどうか迷っているうちに4時を過ぎてしまったという優柔不断な自分の性格が裏目に出た感じです。

ある説によると洗剤の規定量のキャップの線の5分の1ぐらいでも十分に洗浄効果があるとのことだったので一昨日試してみました。

結果はまだ一回では何とも言えないです。

 
 しかし、これを試す人が増えると洗剤メーカーに多大な迷惑をかけ、不景気に拍車をかけるといけないので規定量を超えないように洗剤は入れるのがベストと言っておきます。(*^_^*)

 

 千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスは、日ごろの積み重ねをしている人にしか訪れません。

今までいろいろ損をしてきたので、うまい話、おいしいもうけ話が大した能力もない自分に訪れる方がおかしいと達観できるようになってきました。

「もてる男の必需品」「このメイクで合コンは幸せ独り占め」「婚活にピリオド」「絶対に損をしない秘密のビジネス」「ダイエットしなくてもやせる」


 ちまたにはこれでもかというぐらいにおいしいコピーが氾濫してますが、ブログのようなあほみたいなことでも何でもコツコツ「継続は力」なのかなと思ってます。



千載一遇
    千年に一度しかめぐりあえないほどまれな機会。
posted by さっとん at 18:27| Comment(2) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

パチンコですってしまった方が得なこともある?

 「数奇な運命のいたずらではなればなれになった親兄弟をお探しの方は連絡ください」

小学校時代、独特の口調で桂小金治が司会をしていた「それは秘密です」という御対面番組がありました。

御対面の場面になると“母さんの唄

が流れて司会の小金治が、依頼者の苦しく悲しい半生を流ちょうに話しますが途中からは涙なしでは聞いていられなくなったものです。


こんなに苦労して生きてきた人がいるのかという驚きと同時に、自分はとても恵まれた境遇で申し訳ないとまで思ったこともあります。


 行方不明になった人がいなくなって7年たつと、利害関係人の請求で「失踪宣告(しっそうせんこく)」がなされます。(民法30条1項)

たとえばそれによって行方不明になった人に1000万円の預金があれば、相続人がそれを相続できます。


 ところが行方不明になった人が生きていてひょっこり帰ってくると話がややこしくなります。

「失踪宣告を取消」さなければなりません。

相続した人が競馬やパチンコですってしまった場合、行方不明だった人に返す必要はありません。

相続した人が電気代や水道代など生活費に使った場合、行方不明だった人に返さなければなりません。

 
 真面目な者が損をするのは政治だけではないようです。(*^_^*)



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2009年05月07日

社会と規範

 “彼が自分を導くべき理性をもつ前に、無制限の自由に開放されることは、自由であるという生来の特権を彼に許すことにほかならない。かえって彼を獣の間におしやり、獣と同じようにみじめで、人間以下の状態に放置することになる。”  
           ロック 「市民政府論」




 先週から有斐閣双書の「法学入門(末川 博 編)」という本を読んでます。

立命館大学などの教授が書かれたので難しい内容かと思いましたが、入門だけあって各講のはじめにプロローグとして著名な文学作品を用いて、かみ砕いて書かれてます。

裁判員制度が始まって、法律がより一般人にも身近になってきましたが、著者は、「なぜ法を学ぶのか」の理念を忘れ、解釈の技術のみに走ることの危険性に憂慮されてるように思いました。

世の中には、政治力や経済力で強者にいるものが、極悪非道のことをしながらも法の網の目をくぐっていることも少なくありません。

そういう場合に社会悪をこらしめる方向で法学を学ぶのであれば、「目的」をはっきりさせられると指摘しています。


 人間は社会的動物であり、一人では生きていけないように作られてます。

自分がしたいように皆がしてたらけんかになってお互い生きていけません。

「人の物を盗んではならない」
「人の妻と姦通してはならない」

などという社会規範を守らなければならないはずですが、実際には破られることも少なくありません。

 ルール(規範)を守れない人が嫌われるのは、人間が社会生活を平和に営んでいくことができるのは、人々がこのような社会規範(ルール)をよく守って生活しているからです。

 「法の理念は正義であり、法の目的は平和である。だが法の実践は社会悪とたたかう闘争である」でしめられてます。


    参考文献  法学入門  末川 博 著  有斐閣双書
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2009年04月01日

公共の福祉

 憲法などの法律では条文、判例、学説を学習する必要があります。

国の約束事である憲法を改正することは、その国の基本原理を根本から変えてしまうことにつながり今までと全くちがう国になる約束事をすることになります。

憲法22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。


 昨日は、元法制局キャリア官僚が教える 法律を読む技術・学ぶ技術 吉田 利宏 著の「公共の福祉」(p223)から読んでました。

 公共の福祉が憲法の趣旨に反してないかを見極める学説に、一元的外在制約説、内在・外在二元的制約説、一元的内在制約説があります。


 一元的外在制約説の例で言うと、人権などに対して社会のため、公共のためという名目であらゆる制約があるという考え方です。

滅私奉公的な面と個人の権利が大きく制約されるので今はあまり支持をされてません。

 
 大相撲で言えば財団法人日本相撲協会の横綱審議委員会の通達では品格という名目で朝青龍に対してあらゆる制約があるように思います。

朝青龍にも横綱として自覚のない行動もあったことは確かです。

異国の国技で必死のけいこでトップの座を登りつめた外国人に対して大勢で批判するのは日本の品格を疑われかねません。

 委員の中にはマスコミ受けを狙ったようなコメントを聞くこともあります。

なぜか朝青龍の言い分(コメント)に謝罪が多くなるのは相撲協会が一元的外在制約説の考え方をしているからではないかと思いました。

朝青龍に対して不服申し立てや代理人制度、聴聞、弁明の機会の付与を与えてやることで五分五分の条件で議論ができる相撲協会であれば日本の国技として発展していく余地は十分にあるのではないでしょうか。

posted by さっとん at 19:26| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

棄却と却下

遺産相続などのように裁判所に訴えたがしりぞけられる時に「却下」と「棄却」があります。

却下」は請求内容などを確認しないでしりぞけられること。

釣書(つりしょ)と写真を見てアウト。
あってもらえないお見合いです。

棄却」は一応審査はされるが、理由がないとのことでしりぞけられること。

お見合いで一度会ったが、フィーリングがあわないなどの理由で断られるケースです。

 
 断られるときも一度会って断られる方が(棄却の方が)、気持の整理がつきやすいように思います。もうやだ〜(悲しい顔)


 僕はジムに通うようになってから自分からギャグを言わないように心がけてます。

一年ほど前に若い女性コーチから「ナカジマさんのはだじゃればかりでおもしろくありません。レッドカーペットやダウンタウンを見てギャグを勉強してください」ととがめられたからです。

速球派のピッチャーが全盛期をすぎても昔投げれたスピードボールにこだわりすぎるのに似ています。

冷静になって考えてみるとギャグほどジェネレーションギャップの大きいものはないように思います。

『自分のギャグはもうおもしろくないんだ』ふらふらという現実をみようと決意しました。

おやじギャグほど若い人がリアクションに困るものはないそうです。

気づかないギャグおやじは、「棄却」から「却下」という厳しい判断が待ち受けてます。

貧乏ゆすりとおやじギャグには注意しましょう。犬
posted by さっとん at 00:24| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

見解の相違

この3日ほど突破塾国家賠償法を学習してます。


第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。



国家賠償法1条の性質をどう考えるか?
国がどうして責任を持つのか?


 その1条責任の論点に対して、元々公務員の責任であるとする代位責任説(一般的)と元々国の責任であるとする自己責任説があります。

 代位責任説では過失を犯した公務員の責任であるということで、それを国が肩代わりすることで被害者の救済をします。

自衛隊や警察官が誤って国民に被害を与えてしまったら、その公務員の責任を国が代わって責任をとるということです。

公務員の職務上の過失を公務員自身に求めると、責任を負うことを公務員が敬遠する事なかれ主義が増える。

公務員個人の財産に限度があり現実的でない。

などの理由があります。

 ただ被害者の立場からは、公務員の責任能力や認識によって補償などに大きく差が出ることで不公平ではないかとの声もあるそうです。


 そこで自己責任説という元々国の責任であるという考え方も少数ですがあります。

公務員の故意過失を組織的な問題として扱うことで、被害者には同じ補償を行えます。

国の手足として動いている公務員の過失責任を国の責任であるということで被害者を同等に救済しようという考え方です。



 判例にも過失の性質などいろいろな論点があります。

 
 法律を勉強していると同じ事柄に対しても違う見解が常にあるということを認識できるように思います。犬
posted by さっとん at 16:20| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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