2014年02月04日

焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)

 ビデオの「項羽と劉邦」は、歴史の知識の乏しい僕でもその時代のイメ
ージがわかり、さっそく"項羽と劉邦 横山光輝 著者"を251円でアマゾン
で購入しました。(1円+送料250円)

 紀元前の中国では、韓(かん)、魏(ぎ)、趙(ちょう)、斉(せい)、燕(え
ん)、楚(そ)、秦(しん)の7つの国が争ってました。

その中で秦王(しんおう)の政(せい)が天下を取りました。(BC221 始皇帝)
宦官(かんがん)の趙高(ちょうこう)は、始皇帝のお気に入りでした。

宦官とは、男性のシンボルを切り取り、生涯欲におぼれず、身を清めて、支
配者とその女たちの身辺の世話をする役目です。

 始皇帝は徐福(じょふく)に、"不老長寿"の薬を探しに行くように命じます。
なかなか帰ってこない徐福を探すよう蘆生(ろせい)に命じます。

蘆生は東華山(とうかざん)で仙人から"仙書"をもらい、それを始皇帝に届け
ます。

今で言う補佐役の丞相(じょうしょう)の李斯(りし)に解読させます。

そこには"胡(えびす)が秦を滅ぼす"と書かれてました。
                      ※胡とは匈奴(きょうど)

 始皇帝は、蒙恬(もうてん)将軍に、万里の長城を作るために国中の農民を
集めるように命じます。

狩り出された農民が現場に一日遅れると「打首」という法も作られました。

狩り出された農民で無事に郷土に戻れたものはほとんどなく、人々の怨嗟
(えんさ)の声は日増しに高まるのでした。

 それまで儒者が儒学書を引用して政府批判をするのを抑えるために、書物
をすべて焼き払い、始皇帝の政治を批判した儒者は穴に入れられ生き埋めに
されました。(焚書坑儒)

 ビデオのおかげで中国の歴史に興味がわいてきました。犬
項羽と劉邦140204.jpg
posted by さっとん at 22:35| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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