2014年02月02日

「鴻門(こうもん)の会」

 2月1日の日経"ヘルス この一手"の荒巻麻子さんの「淡水化物の取りすぎ」
に、世界ガン研究基金による「栄養とがんについてのまとめ」で、穀物の多食
はある種のがんに対するリスクを上昇させる可能性ありとのこと。

炭水化物を極端に控えるダイエットも問題視されていて、ご飯を1口だけ減量
することが大事なのだそうです。


 「項羽と劉邦 Vengeance」も「鴻門(こうもん)の会」まで来ました。
 BC209年、秦(しん)の横暴に項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)は協力して
反乱を起こします。

BC207年、楚(そ)の懐王(かいおう)が、秦の打倒のために、「秦の都の咸陽(か
んよう)に先に着いたものを"王"とする」と約束しました。

結局、劉邦が先に咸陽に着き、項羽は激怒!
その怒りを納めるために、劉邦は項羽の陣地に入り謝罪します。
これが有名な"「鴻門(こうもん)の会」"です。

 戦略や指揮を助ける職務を"軍師(ぐんし)"と言います。
劉邦には「張良」、項羽には「范増(はんぞう)」という優秀な軍師がつい
てました。

張良と范増は、囲碁で劉邦の捕虜の生死をかけた戦いが行われます。

張良:今、天下は乱れ民は絶望している。

范増:乱世を収めるためには戦は避けられない。
   人案じれば殺人も可なり。
   服さなければ倒すのみ。

 今の日本とどこかの国のようなやり取りです。

結局、劉邦を殺害できなかったことで、策士・范増は失望し項羽と
距離を置くようになりました。

劉邦は左遷され漢王となります。
その後、范増が恐れていた通り、項羽と戦うことになり、人望を失
っていた項羽は敗れるのでした。

 
posted by さっとん at 22:22| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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