2011年03月17日

文岡方式(課題学習)がすぐれていたことに気づく

 以前にも書きましたが僕が35年前に通っていた文岡(ふみおか)中学では、生徒自らが
課題(問題意識)を持ち、生徒たちで問題を解決していくという当時脚光を浴びた「課題
学習」が行われてました。


まずクラスを5~6人の班に分け、班長・副班長を決め、教科委員が司会進行をし、先生は
生徒に与えていた課題を発表させた後に説明に入ります。


教科の先生が執筆された「学習の手引き」には、この教科で何を学ぶのか? 
予習、復習の方法、ノートの利用の仕方、まとめ方、どういう方法で学ぶのか?
などが詳しく書かれてました。

たとえば英語の暗唱ノートでは、教科書の本文を、右側に日本語、左側に英語を書き、
先生にあてられてつまると「はい、つぎ」と次の人が暗唱しなくてはいけませんでし
た。

学習の手引きをうまく活用してた人は僕の推測では10%ぐらいではないかと思います。

 能力の高い人も低い人も同じ負荷(学習内容)を与えられることが辛かったはずです。

サンライフ阿児のように筋力に応じてコーチがプログラムを立てるシステムを確立できて
いれば、文岡中学はラサールや開成に匹敵する学校に成長していたかもしれません。



 僕はギターを以前熱心に弾いてたのですが、人前で演奏するには暗譜をしないと自信が
もてず、うまく弾けません。

今でこそ丸暗記こそ骨太な知識となることがわかりますが、圧倒的な学習量を要求される
ことに当時非常に要領の悪かった(今もですが(-_-))僕は脱落していきました。
(僕の勉強不足でした、どうもすみません⇒社会のS本先生の口癖)


暗記こそ創造性や知性が育つエネルギーになるのです。
中年は自信を取り戻すには、暗記だと肝に銘じなければいけません。

posted by さっとん at 17:22| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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