2021年02月07日

現代を生き抜くヒント 長寿時代の無常観 田中邦治さんに聞く 日経141129


今日はNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の最終回となります。栄華を極めた信長様に家臣の明智光秀が謀反を企てるのですが(1582年本能寺の変)、どのような內容になるのか少しワクワクしています。(^_^)

鴨長明(かものちょうめい)の「方丈記」の冒頭で「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と書いてます。
現代訳で「行く川の流れは絶えることがなく、なおその上に元の水と同じではない」との意味になります。コロナや地震、津波、火山などの天変地異に無常の思いを持たれる方も多いのではないでしょうか。
無常をコトバンクで調べると、「世の中の一切のものは常に生滅流転 (しょうめつるてん) して、永遠不変のものはないということ。特に、人生のはかないこと」を指します。

松尾芭蕉の「奧の細道」の序章でも、「月日は百代の過客(かかく)にして、行かふ年も又旅人也」現代訳をすると「月日は永遠に(終わることのない旅をする)旅人(のようなもの)であって、去ってはまたやってくる年もまた旅人(のようなもの)である」と、すべては過ぎ去っていく、この世界は幻ではかないと読んでいます。

作者不明の「平家物語」の冒頭「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅雙樹(サラソウジュ)の花の色、盛者(じょうしゃ)必衰の理をあらわす。奢(おご)れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き(たけき)者もついにはほろびぬ。ひとへに風の前の塵(ちり)と同じ」
現代訳では、「祇園精舎の鐘の音には、万物は変転し同じ狀態にとどまることはないという響きがある。(釈尊入滅の時に色を変えた)沙羅雙樹の花の色は、盛んなものも必ず衰えるというこの世の道理を示している。栄耀栄華におごるものも、それを長く維持できるものではない。ただ春の世の夢をみるようである」と無常観が最も端的に示されています。

紫式部の「源氏物語」の宇治十帖の浮舟物語では、浮舟(うきふね)と匂宮(におうみや)薫(かおる)との三角関係が描かれてます。宇治に入った、匂宮は、薫に変裝し寢床に入り関係を持ちます。浮舟は、その事の重大さにおののきながらも、匂宮の大胆な行動に心奪われていきます。
「橘(たちばな)の小鳥の色はかはらじを、このうき舟ぞゆくへ知られぬ」を現代訳で、「橘(たちばな)の茂る小鳥の山のようにあなたの心は変わらないかもしれないけれど、水の小舟のような私の身は不安定でどこへ漂ってゆくかもしれません」と愛と罪に激しく翻弄される女心が描かれてます。

聖書の「マタイ福音書」の6章29節に「野の花は栄華を極めたソロモン王よりも輝いている」と書かれてます。

置かれた場所で今日を懸命に生きることとがいかに大切であるかを古典は教えてくれるかもしれません。


※無常=この現象世界のすべてのものは消滅して、とどまることなく常に変移していること。



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自分の経験に結び付けて古典を味わえるのが魅力です。時代は違えど悩みや苦しみ、喜びは変わらないものであることに気づかされます。
50歳以下の方にもおすすめです。(^^♪

posted by さっとん at 16:49| 三重 ☁| Comment(0) | ラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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