2014年10月11日

不死鳥・ケ小平の開放政策  (裏切りと粛清の中国 近現代史より)

 もし1977年にケ小平が副首相に就任し、“改革開放路線”を実施し
てなければ今日の中国の成長はなかったと言われてます。

ケ小平は1904年8月に四川省広安県で生まれました。
1920年 フランス留学 その後ソ連に。
     社会主義運動の担い手となる人材を育てる東方大学に入学

1927年 中国に帰国 
     中国共産党に入り、毛沢東と知り合い、農村部のゲリラ活
     動を展開
1935年 周恩来の助力で中央書記
     長征、抗日ゲリラ戦線に参加

1967年 共産党総書記の地位に登るが、文化大革命を展開する毛沢東
     に資本主義的であると批判され失脚

1973年 国家主席だった周恩来により補佐として指名される
     新日鉄や新幹線など日本の技術導入に積極的

1976年 周恩来死亡により、文化大革命の勢力により再び失脚
     同年9月毛沢東死亡により文化大革命終了

1977年 副主席に就任
    「改革開放路線」
     ・人民公社解体
     ・深圳(しんせん)などを経済特区
     ・規制撤廃 自由な経済活動

1980年代 毎年4〜5%の経済成長を実現
posted by さっとん at 18:28| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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