2010年02月28日

人間失格3 第三の手記1(132〜162)

 鎌倉の心中事件で起訴猶予となり、政治家の父親の支持者である東京の大久保医学専門学校の近くにあるヒラメ(渋田)の家に居候という形になりました。

実家とのつながりは断ち切られ、わずかな仕送りだけ送ってもらいます。

40過ぎで独身のヒラメは書画の骨董商を営んでましたが、再度自殺をされてはかなわないと「絶対に外に出てはいけませんよ」と何度も念を押すのでした。


 3月末のある夕方、ヒラメは葉蔵を階下の食卓に招いて、まぐろのさしみとお銚子で酒を勧め、「これからどうするつもりです、いったいこれから」と執拗に尋ねます。

答える気力も今はない葉蔵にヒラメが「何でも相談してくださいよ。それでどうする気なんです」と回りくどい言い回しで質問してきます。

「画家になりたいんです」と葉蔵が答えると、「へええ?」と小馬鹿にしたような表情で、「もっとしっかり将来のことを考えなさい」ととがめられます。


 その後、友人のいない葉蔵は画塾の先輩だった堀木に会いに行きますが冷たくあしらわれます。

帰り支度をしている時に新宿の雑誌社で堀木の漫画のカットを取りに来ていた28歳のシズ子と帰り道をいっしょに帰り、葉蔵は男めかけのような生活が始まります。

シズ子の子供で5歳のシゲ子の遊び相手として居候となります。

男勝りの甲州女のシズ子の世話を受けながらも、自分の漫画もシズ子のおかげで連載も少しさせてもらえます。

葉蔵はシズ子から脱出しなければと思いながら、シズ子に対しておどおどしなければならない結果になったのでした。



posted by さっとん at 20:42| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

課題学習

 最近、朝起きてもそれほど寒くありません。

三寒四温を繰り返して春があいさつにやってくるように、僕自身も早く冬眠から覚めなければと思うこのごろです。

 
 僕が昔通っていた中学校では「課題学習」という生徒自身が課題を持ち、それを自主的に学習する方式で東海ラジオの天ちんさんの番組で紹介されたりして、視察にこられる先生もいました。

「学習の手引き」にそって学習の仕方が説明されていて、確かに当時としてはすぐれたシステムであったと思います。


 ただ課題という名目で“宿題”が全教科出るので、新しく来られた英語の女先生が、「あなたたちこんなに“宿題”を出されて、自分の時間とか遊ぶ暇あるの?」と逆に質問されたことがあります。


素直なだけで考える能力が低かった自分は、「しかたありません」と受け入れてましたが勉強がだんだんと苦痛になってしまいました。

ゆとりの教育が批判されてますが、つめこみ主義も普通レベルの生徒にはつらいものがあり、型にはめるのは弊害が多いような気がします。



<最近聴いてる歌コーナー>

英語を習い始めた時に英語のフレーズがおしゃれに感じた曲です。
何回も聴きましたがどうしても聞きとれずにあきらめてしまいました。

第7回世界歌謡音楽祭グランプリ曲

   グッバイモーニング  サンディー・アイ

英語の部分です。↓

 Please don't let me down till I see the sunrise.

Something just told me I find myself.



Give me a chance I gotta find the love that I'm looking for.

I love to fill my heart with joy and laughter.


posted by さっとん at 19:53| Comment(0) | ラジオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

JAL入社試験

問題1 「長女が高校を卒業した時に離婚すること」をあらかじめ約した夫婦が、その際に夫の財産分与として妻に譲渡を約束したときに、この建物にかかる所有権移転登記請求権保全の仮登記の申請は認められるか?

問題2  “Marriage for life”を訳しなさい。



(JAL再建)

解答

1.現在の日本の民法の解釈として、婚姻に期限を設けることは社会的妥当性を欠き許されません。

2.「終生の結婚」→「終生にわたり続くことを前提とする結婚」

“生活のための結婚”と訳した人は、英語力はまだまだです。

 (不動産登記法入門 山野目章夫 著 日本経済新聞社)参照
posted by さっとん at 12:33| Comment(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

沢村栄治

 悲運の大投手“沢村栄治”が大正6年2月1日に宇治山田で生まれたということを知らない人が多いです。

明倫小学校でも野球のセンスは抜群で、早くも全国に沢村ありと言われ、新設の京都商業に入学します。




その速球は京都商業を3度も甲子園に導き、当時とても人気のあった六大学(慶応)かプロ野球に入るかで

17歳の少年は迷います。


 昭和11年に全米オールスターとの選抜チームに抜擢され、ベーブルース、ゲーリックなどのスターをきりきり舞いさせて、アメリカでも語り草になります。

その年に日本のプロ野球が産声をあげます。



 当時(戦前)は、戦争があり兵隊に行くことが義務付けられていたため、どうせ死ぬのなら生きているうちに好きな野球を思う存分やりたいとプロに入ることを決意します。


プロでの沢村は剛速球で三振の山を築き、最優秀選手に選ばれます。

ところがその年、招集令状が届き、中国に派遣された沢村は手榴弾を投げすぎて肩をこわします。

昭和15年に日本に戻り、プロ野球に復帰しますが、以前のスピードはなくなりコントロールで抑えるピッチャーとして見事復活します。

しかし、翌年またも招集令状が届き戦地に赴(おもむ)き、ここで命綱だったコントロールも失います。

昭和18年日本に戻った沢村は投げるたびに打たれますが、誰も彼を咎める(とがめる)ものはいませんでした。

昭和19年台湾沖の東シナの海で戦死、27歳でした。


 こんな偉大な人が僕の身近で生きていたのかと思うと、自分に負けてはあかんと思えてきます。


 沢村栄治

 
posted by さっとん at 18:36| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

人間失格2  第二の手記 P42〜131

 葉蔵は東北のある中学校に入学し、対人恐怖は以前より激しくなってたのですが、自分の正体を隠すために「道化」を演じ、クラスの人気者になってました。


 体育の時間に鉄棒に飛んでいく平蔵ですが、前方へ飛んでしまいドスンと尻もちをつきました。

みんなは大笑いをしてるのですが、最も成績も顔も悪く、貧弱な体をした竹一(たけいち)に小さい声で「わざとやね」と言われて愕然(がくぜん)とします。

おもては陽気に笑い、人を笑わせるけれども、実は陰気でうっとうしい心を持っている葉蔵。

それからは自分の「演技」「道化」を竹一にもらされないかで不安と恐怖の日々を過ごします。


 ある日、学校の帰りに夕立があり、葉蔵は竹一を自分の下宿に招待します。

竹一は耳だれがひどく膿が出ているので葉蔵は脱脂綿とアルコールできれいにしてやります。

「お前は、きっと、女に惚れられるよ。」と竹一がお世辞を言ってくれました。

しかし、これは悪魔の予言の如く、後年に葉蔵は3人の女から好意を持たれます。



 東京の高校に合格した葉蔵は、洋画家 安田新太郎の画塾に通い、そこで6つ上の堀木と出会い、酒とたばこと淫売婦(いんばいふ)と質屋と左翼思想を知ることになります。



 葉蔵には女に夢を与える雰囲気が漂っているのか、女性が本能によってそれを嗅ぎ当て寄り添ってくるようでした。


 葉蔵に好意をいだく女が3人いました。

一人が下宿屋の娘。

二人目がマルクスの社会主義思想運動を展開しているグループの二つ年上の醜く性格のきついいやな女。

ひもになっているので怒らさないように、機嫌をそこなわせないようにしています。

嫌な女に奉仕している自分に嫌悪感が増大します。


三人目がカフェで働く詐欺師の妻のツネ子。


 画塾の堀木とカフェに行くが、ツネ子を見て「あんなみずぼらしい貧乏くさい女はキスをする気にもならん」と言われショックを受けます。


よくツネ子をみると確かにみずぼらしい貧乏くさい女に見えます。

と同時に金のないもの同士の親和感がわきあがり、ツネ子がいとおしく、恋の心が動くのを感じます。


その後、世の中の恐怖、わずらわしさ、金欠、社会主義運動、女、学業に耐えられそうもない葉蔵は、ツネ子と鎌倉の海に飛び込み、ツネ子はなくなり、葉蔵は生き残り検察の取り調べを受けます。


posted by さっとん at 19:17| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

人間失格

 3日前よりワンダーグーで購入した太宰治の「人間失格」(PHP文庫)を読んでます。



“恥の多い人生を送ってきました”で始まる主人公の葉蔵(ようぞう)は、議員をしている父を持ち、まかないなどをかかえる経済的には恵まれた家庭で育ちます。

ところが、葉蔵の心の中はいつも不安との闘いであり、親や周囲の人、他人とどのようにつきあっていけばよいのかわからない苦しみに苛まれます。


 その中で葉蔵が他人に対する極度な怖れを解消する手段として「道化(どうけ 人を笑わせるようなこっけいな身振り、言葉)」で人を笑わせるようになります。


道化は家族、学校など周囲の人々から自分を守るための手段となり、うまくなればなるほど自分の本音を一言も言わない、みかけだけよい子供になってしまいます。

 
 そんな葉蔵ですがその後も学校の成績はよく、先生からも「道化」を楽しみにされるほどになります。

そんな自分の素直な気持ちを誰にも訴えない孤独のにおいが、多くの女性に本能によってかぎあてられ、後年つけこまれる誘因になったと述懐しています。

(P42 第一の手記まで)

posted by さっとん at 19:54| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

飛び出す志摩に活路あり! バカになれ!!

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    (川上与志夫 先生)



 賢島大学2月教養講座は、帝塚山大学名誉教授の川上与志夫さんでした。

以前、代々木高校校長の一色さんが地域活性化のために必要なのは、若者、よそ者、バカ者と言われたように自分の固定観念、常識にとらわれると新しい発想は生まれてきません。

出すぎる杭は打ちにくい!


最初にクイズを少しやりましたが、自分がいかに常識、箱の中でしか考えられなくなっているかを気づかされました。

伝統や地域的特質にとらわれない緻密な企画と勇気が今一番求められています。


 昨年10月より観光庁が設置され、国の方針も物作りだけでなく観光へもシフトさせる必要性に気づきはじめました。

 

 ところで、アメリカで一番安全な町はどこでしょう?

答えはギャンブルで有名なラスベガスだそうです。

町にはおしゃれな店がいっぱいあり、ホテルもサービスが超一流で、女性が夜一人で歩いてても安全です。

先生の奥さんもラスベガスにはまって何度も行き、随分お金を落としてきてしまったそうです。



日本にやってくる外国人観光客は、2008年で835万人(金銭ベースで1.5兆円)とG8の中では最低です。

旅行会社も外国人からは全体の1%の利益しか取れてないのが実情です。


 志摩にも山、川、海と綺麗な景色がありますが、他の地域でもこれぐらいの景色のところは数多くあります。

ディズニーランドのようにリピーター率97%にはほど遠いです。



 先生が提案する一点とタコ足の連携として、パークゴルフ場を日本一にすることと、そこから旅行会社、ホテル(宿泊関係)、施設、安乗灯台などの連携を取り、より高いサービスを提供していこうというものです。

志摩は点がいっぱいあるが、それが生きてないことと交通アクセスが悪すぎること、ショッピングをするところがないなどで「感動」まで届いてないのが現状です。

 そういった問題点を企業、市役所、組合、観光協会、地域住民がいっしょになって取り組む連携が必要です。

 参加した人たちもいろいろ活発な意見があり、標識に英語、中国語、韓国語などを入れたり、相可高校の孫の店のようなものをできないかなど質疑応答も観光協会や近鉄OBなど地域で活躍されてる方などが大変熱意のある意見で素晴らしい講座でした。

posted by さっとん at 21:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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